プチメタ3.0

刺激を受けた物事に対する感想や考察、資産運用や英語学習、自己成長に関することなど。


あの頃、ゲームといえばこんなだった<1988年~1990年>

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目次

ファミコン全盛期

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バッテリーバックアップが普及したことでセーブ機能が当たり前になり、
ファミコンのゲームは一度きりのプレイではなく、
日数をかけてクリアするボリュームに進化していった。


ファミコンが人気すぎて出せば売れる状態だったためか、
1980年代後半はゲームがどんどん発売された。
その分、クソゲーもかなりの割合で混ざっており、
今思えば「アタリショック」になりかけていたように思う。


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また、統一規格がなかったのか、
他のゲームと比べてやけにデカいカセットもあった。
中でも「信長の野望」はデカい上にやたら高く、
一般のファミコンソフトが4~5千円なのに1万円近くもした。

イメージの悪かったゲームセンター

今でこそゲームセンターはプリクラやクレーンゲームであふれているが、
1980年代当時はまさにゲームをプレイするための場所で、
ファミコンよりも遥かに高い性能で
派手なグラフィックが楽しめる機械がそろっていた。



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初期のゲームセンターに置かれていたのは
天板がガラスになったテーブルの中にモニターを埋め込んだ筐体か、
ベニヤ板のようなもので囲まれたボックスの中の
モニターを覗き込みながら立ってプレイするものだった。


いずれにしても画面に照明が映り込むと見づらくなるので
ゲームセンター全体がかなり暗くなっており、
背中を丸めてプレイする陰湿なイメージが強かった。
素行の悪い客も多かったため、「不良のたまり場」と呼ばれていた。


運転席に乗り込んでプレイするレースゲームなど
いわゆる体感ゲームと呼ばれた大型筐体もあったが、
それらはあくまでアミューズメント施設に設置されていて
上記のようなものとは明らかにユーザー層が違っていた。



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1990年代に入るとモニターを斜め向きに設置して
背筋を伸ばしてプレイできるような筐体が出回るようになった。
画面も明るくなり、店の雰囲気もかなり改善された。

第1次ゲーム機戦国時代

ファミコンが広まる中で
他のメーカーからもゲーム機が発売されていった。



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1988年にはセガから「メガドライブ」が発売された。
セガはゲームセンター用にかなりのゲームを生み出していたが、
それらが移植されたものが遊べるやや大人向けのハードという印象だった。


のちに「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」が発売されると、
画面のスクロールが追いつかないダッシュや
ジェットコースターのようなループなど
スーパーマリオとはまったく違う独特なスピード感で一気に評判となり、
キャラクターとしても広く定着することになった。


その後、ゲーム機としての寿命を延ばすために
メガCD」や「スーパー32X 」といった
周辺機器を増築してどんどん巨大化していったが、
その都度、万単位の出費に踏み切れたのは真のセガファンだけである。



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「PC-88(ハチハチ)」や「PC-98(キューハチ)」といった
パソコンゲームの主流マシンを手掛けていたNECからは
PCエンジン」が発売されていた。


PCエンジンはカードリッジではなく
「Hu(ヒュー)カード」という薄い板にゲームが入っている造りだったが、
のちに「CD-ROM2(シーディーロムロム)」という周辺機器が出たことで
ソフトの形態がHuカードからCD-ROMに移行し、大容量化していった。


その恩恵としてキャラクターのボイスが収録できるようになり、
ゲームから流れてくる肉声を友達の家で聞かせてもらって衝撃を受けた。


ただ、PCエンジンは主流からは少し外れた印象で、
ファミコン、メガドライブ、PCエンジンの順に人気があった。


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当時はマルチプラットフォームという文化がなく、
各ゲームを遊ぶにはそれに見合ったハードが必要だったので
機種の選択はその後の満足度に大きな影響があった。


しかし、この時代の母親は全部を「ファミコン」と呼び、
「ロックマン」も「グラディウス」も「ツインビー」もすべて
「ピコピコ」というサウンドに聞こえていた。

ゲームボーイ登場

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私が小学6年生になった1989年、
任天堂から「ゲームボーイ」が発売された。


単3電池4本で稼働するモノクロ液晶のゲーム機で、
「スーパーマリオランド」や「テトリス」のおかげで一気に普及し、
「携帯ゲーム機」という新しいカテゴリが生まれた瞬間だった。


ファミコンと違ってテレビがなくてもプレイできるということで
家の外で集まったときにも
みんなでゲームを遊ぶことができるようになった。
ただ、当時の液晶は質が低い上にバックライトがなかったので
周囲が暗かったり見る角度が悪いと画面がほとんど見えなかった。


また、電池残量はただの赤いランプでしか表現されておらず、
赤い光が弱くなってきたら画面表示も徐々に薄くなっていくので
電池がゼロになるまでに急いでセーブする必要があった。


とはいえ、ゲーム嫌いの私の母が買ってくれるわけもなく、
本体12500円+ゲーム代という金額は
とても自分に出せる金額ではなかった。


そんなとき、同じクラスの友達が
ゲームボーイ本体ごと貸してくれるという出来事が起きた。
私にとって手が届かない存在だったゲームを
まさかフルセットで貸してくれる人がいるとは思わなかった。



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そのときに含まれていたゲームが「魔界塔士Sa・Ga」である。
今振り返ってもかなりの名作だが、
私にとって生まれて初めてプレイするRPGとなり、非常に感慨深い。


ゲームでは画面の上方向が北だということを学んだり、
「玄武・青龍・白虎・朱雀」という四神の存在を知ったのは
この作品のおかげと言える。
(反面、経験値を使わない成長システムは独特すぎて混乱した)


4人パーティを作るときに自分以外の名前が思いつかなくて
クラスで好きだった女子の名前にしていたが、
そのまま友達に返したためにあとでニヤニヤされた。
返す前にセーブデータを消すという発想がなかった。

スーパーファミコン登場

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私が中学生になった1990年、
任天堂から「スーパーファミコン」が25000円で発売された。


ほとんどの家庭にファミコンがあった時代なので
新しいファミコンの登場に大騒ぎになり、
早速買ったという友達の家にみんなで集まった。


A・Bボタンしかなかったファミコンに比べて
X・Yというボタンが追加されたのは知っていたが、
さらにL・Rボタンというのまであると聞いて驚いた。
人差し指をコントローラーの上側に乗せる持ち方に慣れなかった。



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そこでプレイしたのが「F-ZERO(エフゼロ)」だ。


地面から浮遊し、400km/hを上回る速度で
近未来の世界を走り回る姿がめちゃくちゃにカッコよく、
まさに「新しい時代のゲーム」というのを肌で感じた。


単に全方向分のグラフィックを用意したり
画像をゆがめて表示しているだけで正式な3D処理ではないのだが、
非常に立体感を感じる雰囲気があった。
表示の粗いブラウン管テレビに合わせて調整されていたのだろうが、
実際に見た当時のグラフィックは上記の何倍も美しかった。


F3、F2、F1と、数字が小さくなるほどに速度域が上がる
現実のフォーミュラカーレースになぞらえて
そのひとつ上の「F0」と名付けるセンスにも感心した。


ちなみにスーパーファミコンのセーブの仕組みも
ファミコンと同じバッテリーバックアップだったが、
今回は「リセットボタンを押さずに電源を切る」という操作に変わり、
説明書にもわざわざリセットボタンを押さないよう注意書きがあった。

自分だけのゲーム環境を獲得

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スーパーファミコンが登場したことでゲーム機の世代交代が起きたため、
なんと友達が中古のファミコンを1000円で売ってくれることになった。
これが生まれて初めて手に入れた自分のゲーム機となる。


母親は相変わらずゲーム嫌いだったが、
私が中学生になったこともあり、
自力で調達する分には文句を言わなかった。


さらにたまたま父親が小さめのテレビを入手する機会があり、
私の部屋に譲ってくれたために
自室でゲームをプレイできる環境が整った。


ここから私のゲーム人生が本格的に始まり、
失われた数年間を取り戻すべく
いくつものゲームに手を伸ばしていく。



マンガドラゴンクエストへの道 (ドラクエコミックス)


また、同時期に「ドラゴンクエストへの道」という本を読み、
ゲーム開発をしていく苦労と面白さを見聞きしたことで
「将来、ゲーム業界へ進みたい」という気持ちをより固めることになる。


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