プチメタ3.0

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映画は字幕より吹き替えの方がメリットが多い

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おそらく映画のDVDは一般の人より見てる方だと思うけど、
私は「字幕派」ではなく「吹き替え派」だ。

字幕派の人の意見もよくわかる。
「本人の声を聞きたい」というのが最も大きいところか。

高校生ぐらいのときは「字幕派は大人」で
「吹き替え派は幼稚」みたいな妙な空気もあったが、
人一倍映画を観るようになっても、やはり吹き替えが好きだ。

以下、その理由。

観るのが楽

とりあえず、一瞬目を離したりしても大丈夫。
映画の画面のみを観続けることができない状況でも
映画を楽しむことができる。
生活の中で「じゃあ映画観るぞ!」と決意するのは意外と大変で
何かしながらダラダラ観れる吹き替えは、少ない気合いで済むのだ。

情報量が多い

字幕は一行あたり12文字だかの制限がついていて
時間の中で表現できる情報が限られる。
字幕になった時点で削ぎ落とされる微妙なニュアンスが
映画を観る上で惜しいのだ。

感情を読み取りやすい

言葉として聞き取れる吹き替えであれば
「早口」「のろま」「焦り」「眠気」など
しゃべり方から感じることができるその人の心境がわかりやすい。
「本人の声」を重視する字幕派以上に
私は「その登場人物の心境」を重視したい。

伏線に気づかなくて済む

正直、私はこの理由が最も大きい。
たとえば誰かが話している背景にラジオが流れていて
その内容が後から物語に関連してきたりする際、
伏線となる情報に関しては意図的に字幕化されてしまう。

本当にただの背景としてのラジオなら字幕化されないのに
主要人物の会話以外に字幕化される情報は
「何か意味があるもの」と字幕化によって気づいてしまうのだ。
本来であれば「そういえばあのときのラジオも
そんなこと言ってたなぁ」と
後からその伏線の存在に驚くわけだが
字幕だと情報を欠けさせないために文字で表示されてしまい、
制作者の意図しないタイミングで気づくのが嫌なのだ。

とはいえ、これは「文字」の伏線の場合も同じで
新聞や小道具などに載っている文字情報が伏線の場合、
吹き替えだとしても字幕化されてしまって
「ん?これは何か事件に関係する情報か?」と疑ってしまう。

こればかりは字幕なしで英語を瞬時に理解できる能力が必要なので
現時点では字幕にしろ吹き替えにしろどうにもならない。

吹き替えによって生じる「本人のイメージと違う声」
「吹き替えした俳優が下手」という問題は確かに厳しく、
特に最近の安易にタレントが声優挑戦する流れが
そういう危険性を増やしている。

しかし吹き替えにもいろいろなメリットが確実に存在し、
決して吹き替え派が「にわか映画ファン」ではないことを
たくさんの字幕派にも知って欲しい。