プチメタ3.0

刺激を受けた物事に対する感想や考察、資産運用や英語学習、自己成長に関することなど。

努力が報われないのは必要な条件をそろえていないから

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正しい場所で、正しい方向で、
十分な量をなされた努力は報われる
                  ―――「林修の仕事原論」より


「努力したのに報われない!」と嘆く人に限って
効率の悪い自己流の方法を試していたり
圧倒的に量が足りていなかったりする。


努力の量を疲労の度合いで判断しがちだが、
川を渡るなら泳ぐより橋を歩いた方が早いわけで
疲れる方法を選んだからといって成果が出るわけではない。


自分が目指すゴールにすでに到達した人から
成果につながるための有効な手段と
試行錯誤の結果を聞くのが最短なのだが、
成果を出せない人ほどきちんと調べなかったり
素直にアドバイスを聞かなかったりする。


「努力したつもり」は努力ではないのだ。

バラエティ番組の冒頭で今から観る内容がダイジェストで流れるのが嫌い

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最近のバラエティ番組でよく見かけるのが
その日の見どころをダイジェストで番組冒頭に挿入する演出。


これが非常に嫌いで、せっかく今から楽しみにしていた内容を
先にネタバレされたような気になるし、
そこで観たものを本編でもう一度観るハメになる。
映画を観る直前にその作品の予告編を見たがる人がいないように
この演出を望む人なんていないんじゃないか。


別のチャンネルに変えられないように
面白そうな雰囲気を匂わせたいのだと思うが、
その番組を観ようと決めている人にとっては
本当に退屈で余計な見せ方だと思う。

努力のいらない誰でもクリアできるゲームが売れてしまう現状

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1980~1990年代あたりと比べると
プレステ3世代以降のゲームは明らかに難易度が下がっているが、
最近のスマホゲームだとさらにそれが顕著だ。


打たれ弱いプレイヤーが多いので
失敗してもすぐ取り返しが効くし、
プレイ時間さえかければ主人公が強化されて
自分がうまくなったような錯覚を感じるようになっている。


「すごいレアキャラが当たった!」というような
ガチャの成果を自慢する光景が珍しくなくなったが、
実際には本人のスキルにまったく関係がない。
さも手柄のように語る人が多いが、
ガチャが当たる度合いは試行回数に比例するだけだ。


結果、プレイ時間の長さ(または課金額)が努力の量として扱われ、
プレイヤーのスキルが高くても
キャラが育つまでは成果が出にくいゲームが増えたように思う。
つまり成果を出すまでの効率が下がり、
ゲームすらも長時間労働化していると言えるのだ。


ゲームをプレイする人の層は広がったが、
努力したりコツを探し出す必要が少なくなり、
うまい下手の差が生まれにくくなってしまったのは個人的に残念。