プチメタ3.0

刺激を受けた物事に対する感想や考察、資産運用や英語学習、自己成長に関することなど。


高校2年のときに急に空手道部を作った話

格闘技に憧れた中学時代

中学生の頃、空手やボクシングなどの打撃系格闘技に興味があって
いろいろな本を買いあさったり
見よう見まねで練習したりしていた。


当時はマンガやゲーム、またアンディ・フグの影響などもあって
「かかと落とし(ネリチャギ)」という蹴り技が流行っており、
足が綺麗に上がることに憧れる男子中高生は珍しくなかった。


ただ、中学では陸上部に入っていたし、
部活としても柔道部ぐらいしかなかったので
もんもんとした気持ちを抱えたまま過ごしていた。

友達が本屋で発した一言

進学した高校にも格闘技系の部活動はなかったので
体育で楽しかった経験からバレーボール部に入部するも
中学からの経験者との差が大きく、
スラムダンク」のような熱意も湧かないまま3ヶ月で辞めてしまった。


ひたすら走るだけという陸上部の練習は中学で飽きて
同じく陸上部だったナガイシやオオミチも帰宅部になっており、
毎日一緒に帰ったり誰かの家に集まったりしていた。


高校2年になっても格闘技への憧れは続いていたので
寄り道した本屋でその類の教本をちょくちょく買っており、
「高校に空手部とかがあったらよかったんだけどねー」
と愚痴る私にオオミチが言った。


「じゃあ自分で作ったら?」


自分で部活を作る? 考えもしなかった。
求めていた部活がなければ作ればいいのか。
オオミチの一言で目が覚めた。

先生に直談判

空手といえば1年生のときに授業を受けたクワタ先生だ。
若くてカッコいいタイプだったので女子にかなりの人気があり、
空手の大会に個人で出場していることも有名だった。


2年生になってからは関わりがなかったが、
オオミチと2人でクワタ先生の授業後に押しかけて
「空手部を作りたい」という希望を伝えてみた。


もっと難色を示されるかと思ったが、
意外にも好意的に受け取ってくれて
「新しい部活を作るなら顧問の先生が必要」とアドバイスされた。


クワタ先生はすでに別の部活の顧問を担当しているので
せいぜい副顧問が限界とのこと。
そこで同じく空手の経験があるナカモト先生を紹介された。


まったく知らない先生だが、部活を作るなら頼るしかない。
職員室に行って座席を聞き、直談判しに行った。


初めて見るナカモト先生はおそらく50歳以上で
「堅物」という言葉が似合う国語の先生だった。
ただ、いざ話してみると非常に親切で、
今でもずっと尊敬と感謝をしている。


そのナカモト先生から新たな指示を受けた。
「部活を作りたいなら5人以上の部員を集めてきなさい」

部員候補を探す日々

このミッションが一番大変だった。
私たちが空手部を作ろうとしたのが2年生の9月。


運動したい生徒はすでになんらかの部活に入っているし、
どこにも入部していない生徒は
部活をやりたくないから帰宅部なのだ。
こんな時期に5人もの部員が集まるだろうか。


「あと3人だな」
驚くことにオオミチも入部してくれるとのこと。
オオミチが格闘技に関心を持つ素振りは見せたことがないし、
本当にそのときまで興味がなかったように思う。
設立を手伝ってくれるだけでなく
入部までしてくれるその優しさに泣けた。


そんなオオミチと周囲の生徒に声をかけまくった。
彼とは違うクラスだったので
それぞれ手分けして空手部に誘っていく。


教室の後ろの黒板に「空手部ニュース」と称して
部員募集の告知を勝手に書いたりもしたが、
クラスの委員長をしていたからか先生も黙認してくれた。


入部希望者の勧誘は当然ながら散々な結果で、
「興味がない」「もう別の部活に入ってる」
「入学したときに誘われれば入ったかも」と断られまくり、
「空手部を作ろうとしてるヤツがいるぞ」という噂だけが広まった。


とはいえ、帰宅部なのに
誘ってみるとその気になってくれる人もいた。
そういう貴重な生徒を少しずつ集めていった。


優しくて熱い男ムラカミ、
やたら背の高いことで有名なヨシダ、
2人して寡黙な双子の片割れソガ。
私とオオミチを加え、これで5人。


無理かと思われた部員集めが奇跡的にうまくいった。

最後の大詰め

ナカモト先生に部員が集まったことを報告しに行くと、
次の段階として職員会議にかける必要があるとのこと。


「職員会議にかける」
高校生にとってこれほど重い言葉があろうか。
先生1人でも緊張する存在なのに、
そんな先生が何人も集まって議論するという職員会議。


空手という危険なイメージを伴う部活が果たして許されるのか。
生徒は会議に介入できないので、あとは待つばかりだ。


1週間後、ナカモト先生から呼び出された。
「承認が下りた。今は年度途中なので最初は同好会からスタートし、
 問題なければ4月に部として昇格される」
そしてナカモト先生が顧問、
クワタ先生が副顧問を引き受けてくれるとのこと。


本屋でのオオミチの言葉が現実になったことに泣けた。

同好会の発足

職員会議での承認が下りたため、
あとは先生の指示に従って正式に手続きしていく。


まず、「空手」ではなく「空手道」が正しいと教わる。
戦うための技や動きを学ぶだけでなく
人格面の成長も含まれているので「道」が付くらしい。


設立メンバーということで私が主将でオオミチが副主将、
ツートップが白帯という空手道同好会がスタートした。
これが高校2年の10月である。


最初は道着も道場もなかったので
体育館の玄関部分を貸してもらってジャージ姿で練習した。
顧問となったナカモト先生から基本的な動きを教えてもらい、
あとは自分たちで練習メニューを考える。


また、中学の部活の経験から
「用事があったり気分が乗らないときは
 気にせず休んで構わない」というルールを作った。
義務感に縛られて参加する部活は楽しくないからだ。


最初は週3回程度の活動から始めたが、
初心者ばかりで試行錯誤するのが新鮮で楽しかった。
ジャージで突きや蹴りなどをする姿は逆に目立ち、
空手道同好会が動き出したことは周囲に知れ渡った。


17時になると下校しなければいけないために
すべての部活に対して活動終了を促す校内放送が流れるのだが、
ちゃんと「空手道同好会」の名が読み上げられるのを聞いて泣けた。


教室の黒板に書いていた空手部ニュースにも
同好会が設立できたことの報告や活動内容を書いた。

じっと見る男

「俺たちの練習ずっと見てるヤツいたよな?」
ある日の練習終わりにオオミチがそんなことを言い出す。


やっぱり気のせいじゃなかったのか。
確かに体育館の玄関で練習していたときに
物影からずっと見ている男子生徒がいたのだ。


「もしかして俺たちの練習、変だったのかな?」
「経験者が文句つけたかったのかもしれないな……」
なんせ初心者集団なので慣れないことばかりだったが、
そんな我々の未熟さにイラ立つような鋭い目だった。


次の日も彼は現れた。
体育館の隅で練習する我々を遠くから見ているのだ。
オオミチも気づいたのか、動きがぎこちなくなる。
品定めするような視線が初心者たちの劣等感を刺激する。


練習終わりのストレッチに入りかけた頃、
「あの~、ここって空手道同好会ですよね?」
ついに彼が話しかけてきた。緊張が走る。


「1年生のナガイです。僕も入部したいんですが…」
まさかの入部希望者だった。
鋭い視線の正体はただの引っ込み思案だったのだ。
もちろん新入部員は大歓迎だ。


部員集めにあれだけ苦労したのに
予想外の後輩が突然できたことに泣けた。

本格化していく活動

活動してしばらくすると道着ができあがった。
体育で使っている柔道着よりも薄く、少し硬めにできている。
早速ジャージを脱いで道着に着替えるが、
いかにも空手道という雰囲気が出て嬉しい。


また、柔道部が中古のサンドバッグを提供してくれたので
実際に攻撃を当てる練習ができるようになり、
1人のときもいろいろな技を試せるようになった。


ちょうどこの頃、2年生終盤の修学旅行が近づいていたが、
旅館で夕食を終えたあとの宴会場で
演舞を披露してくれないかと先生から依頼が来た。
何人かの代表者で余興をするので
そこに空手道同好会も加わって欲しいとのこと。


自分たちの知名度を上げる絶好の機会なので快諾し、
空手道らしく形(かた)と試割りを披露することにした。


形は普段から練習していたが
板割りや瓦割りはこのときが初めてで、
うまく割るための姿勢や
板を持つ側の注意点(板の向きや支えが悪いと割れない)を学んだ。


多少の失敗はあったものの
修学旅行特有の高揚感も手伝って盛り上がった。
このイベントはかなり強く記憶に残っている。

部に昇格

3年生に進級した4月、
空手道同好会は空手道部へと昇格した。


正式な部になったことで
新入生を勧誘するための部活紹介の場にも立つことができる。
せっかくだから派手な演舞をしようということで
オオミチと棍(こん)を使った棒術を披露することにした。


棒術が正式な空手道なのかと言われると疑問だが、
同好会から始まった部ということもあって
このあたりはかなり自由に決めることができた。


こういう派手なことは副顧問のクワタ先生が得意だったので、
カッコよく見せるコツを指南してもらいながら
カンフー映画さながらの技の応酬をオオミチと毎日練習した。


それが功を奏したのかはわからないが、
なんと男子3人、女子2人もの1年生が入ってきた。
ついでに同級生のフクモトも入ってくれることになった。
部員が10人を超えて体育館の玄関では手狭になったため、
活動場所として体育館の舞台上を使うことが許された。

はじめての試合

部に昇格したこともあって
いよいよ試合に出ようという話になった。


空手道というと派手に打ち合う様子を想像するかもしれないが、
高校生なので防具とグローブを付けた上での寸止めとなる。
柔道や剣道と同じように、互いの攻撃の入り具合から
審判が「一本」「技あり」などと判定をするのだ。


いざやってみると、想像以上に大変で
動き回る相手の攻撃を防ぎながら
綺麗な一撃を決めるのはかなり難しい。


部員同士で乱取り稽古も繰り返したが、
いざ試合に出ると他校の熟練者にボロ負けした。


活動し始めてまだ間もないので当然と言えば当然だが、
歯がゆい結果に部員たちの前で大泣きした。

引退

大学受験をする生徒が多い高校だったこともあり、
6月になると3年生は部活を引退する流れだった。


わずか数ヶ月の活動期間だったこともあり、
試合では一度も勝つことができなかったし、
昇段試験を受ける機会もなかったが、
主将の座を後輩に譲り、白帯のまま引退した。


空手道としてはまだまだ未熟だったが、
多少なりとも武道を経験したということに自信も持てたし、
この部活をやっていたからこその想い出も多かった。
いろいろな経験とつながりができて清々しい気持ちだった。

その後

引退後も教室の黒板の空手部ニュースは残り、
日常で感じた小ネタを発信するコラムのような場になっていた。
クラスメイトだけでなく先生たちも読んでくれて、
このときの楽しさが今のブログ活動などにつながっていると思う。


オオミチは新入部員だった女子と付き合い始め、卒業後に結婚した。
あの本屋でのオオミチの一言がなければ
この結婚もなかったんだ、と考えると感慨深い気持ちになった。


卒業から10年後、私は専門学校の教員として働いていた。
専門学校では入学を促進する効果を狙って
いろいろな高校に体験授業を提供することがあるが、
その中で偶然にも自分の母校に出向く機会があった。


公立学校は定期的に転勤があるため
当時受け持ってもらった先生はいなかったが、
担当者と授業内容を打ち合わせる中で
どうしても気になって聞いてみた。


「ちなみに空手道部ってまだありますか?」
「えっ……はい、ありますけど……?」


今もある……! まだちゃんと続いていた。
あのときに作ったものが今日この瞬間までつながっている。
当時の行動は無駄じゃなかったし、新しい歴史を作ったんだと思えた。


普段は味わえない不思議な感動があった。
体育館の玄関で練習した当時の光景が頭に浮かんで泣けた。

今週のお題「わたし○○部でした」

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