プチメタ3.0

刺激を受けた物事に対する感想や考察、資産運用や英語学習、自己成長に関することなど。


あの頃、ゲームといえばこんなだった<1998年~2005年>

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目次

徐々に広がるインターネット

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1990年後半、世の中にインターネットが広まり始めたが、
会社や学校などのビジネス利用を除き、
各家庭では常時接続は実現しておらず、
夜11時から翌朝8時までの深夜帯に限って定額利用できる
テレホーダイ」というサービスを使うしかなかった。


結果的にオンラインゲームは夜更かしして遊ぶしかなく、
ゲームファンたちの生活リズムを狂わせた。
その分、いつでもインターネットができるネットカフェは人気があった。



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私も当時ハマっていた「DIABLO(ディアブロ)」というゲームを題材にした
Webサイトを手探りで開設した。1998年のことである。


最初はゲームのプレイ日記を載せていたが、
DIABLOに飽きるにつれて徐々に普通の日記を書くようになり、今に至っている。

第3次ゲーム機戦国時代

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当時、プレイステーションとセガサターンが
NINTENDO64を抑えて2強時代を築いていたが、
1998年終盤、セガが「ドリームキャスト」を発売した。
次世代機と呼ばれたハードがさらに次の世代に移ろうとしていた。


サターンへの思い入れが強かったので
その後継機ということもあってすぐに買うことに決めた。
中高時代は金の工面にあれほど苦労した私だが、
社会人となったために自由に使える金額が劇的に増え、
抑圧されていた分、簡単にタガが外れるようになっていた。


ドリームキャストには「ジェットセットラジオ」、
「スペースチャンネル5」「クレイジータクシー」などの名作もあったが、
コントローラーに付けたマイクを通じて
人面魚のようなキャラクターを育てる「シーマン」は大きな話題を呼び、
四苦八苦しながらプレイした日々は私にとっても思い出深い。


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「1999年7の月、空から恐怖の大王が降りてくる」と
1980年代以降に世の中を騒がせたノストラダムスの大予言だが、
結局、1999年の7月は何事もなく過ぎていった。
人類滅亡を信じて全財産を使い切った人は絶望した。



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2000年になるとソニーから「プレイステーション2」が発売された。


本体を縦置きに設置することもできるので
テレビ周辺のスペースに合わせて置くことができること、
プレステ1のソフトもそのまま動作するために
プレステユーザーは安心して買い換えることができること、
DVDが再生できたために映画を観るプレイヤーしても利用できること、
その特徴のどれもが強力な武器として働き、その地位を押し上げた。


ユーザーの利便性を考えたその設計により大人気になり、
販売数の多さが人気ソフトの発売をさらに呼び込んで
凄まじい勢いでゲーム機戦線の王者にのし上がった。
現時点でも史上で最も売れたゲーム機とされている。
(世の中にDVDが浸透したのもプレステ2の功績と言える)


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任天堂からは2001年に「ゲームキューブ」が発売された。


「ピクミン」「ルイージマンション」、
「スーパーマリオサンシャイン」「ペーパーマリオRPG」、
「ゼルダの伝説 風のタクト」などの名作を生んだものの、
プレステ2の圧倒的な人気に叩きのめされた。


スーパーファミコン時代にゲーム業界を牽引していた任天堂だが、
2世代続けて敗北し、この頃は非常に影が薄かった。



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さらにWindowsで有名だったマイクロソフトからは
Xbox(エックスボックス)」が発売された。


アメリカ発らしいゴツい本体とバカデカいアダプターだったが、
日本での存在感はゲームキューブよりもさらに小さく、
周囲で持っている人はほとんどいなかった。



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ただ、「HALO(ヘイロー)」というFPSが評判になっており、
どうしてもそれがやりたくて買ってしまった。
本体ごと買っても後悔しないほどよくできていて、
この時代にHALOが経験できたのは十分な価値があった。



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写真:John Tregoning 


また、カプコンから発売された「鉄騎(てっき)」というゲームも強烈で
2本のレバーと40個以上のボタンがついたコクピット型コントローラー、
それに3つのペダルを使ってロボットを操縦するものだった。


正しい手順でいくつものボタンとレバーを操作しないと起動すらせず、
味方の指示を聞くにはダイヤルを回して周波数を合わせる必要があり、
自機が破壊されたときは素早く脱出ボタンを押さないと
そのままセーブデータが消えるという骨太な仕様だった。
もちろんこの専用コントローラー以外ではプレイできない。


コントローラー込みで2万円もしたのだが、
50cm四方で重さ8kgというパッケージに入っている上、
コントローラーは組み立てると幅80cmにもなった。
高い出費だったが、これも非常に貴重な経験になった。

転職とフリーソフト制作

苦労して念願のゲーム業界に入社した私だったが、
なんと勤め先がゲーム事業から撤退することになったため、転職を決意した。


いろいろと仕事を探してみたが、結局、専門学校の講師として
昔の私と同じようにゲーム業界を目指す学生たちに
プログラミングの指導をしていくことに決めた。



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とはいえ、「ゲームが作りたい」という想いはあったので
趣味で作ってインターネットで無料公開していくことにした。



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最初に作ったのはタイピングソフトだ。
当時、「ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド」や「Ozawa-Ken」などを中心に
タイピング練習を題材にしたゲームが流行っており、
授業で教えている技術の練習代わりに作ってみた。
2000年に公開し、現時点で累計70万ダウンロードになっている。



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そこからしばらく経った2003年、
横スクロールのシューティングゲームを公開した。
当時の教え子たちがテストプレイにかなり協力してくれたこともあって
その遊びごたえが評判を呼び、現時点で累計102万ダウンロードと、
私の作品の中でもトップの人気になった。


隠された条件を満たすと手に入る勲章や
侵攻距離を競い合うゲーム性のおかげでユーザー間で攻略情報が飛び交い、
グラフィックを置き換えて遊ぶMODも大量に生まれた。



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同じ年の10月、今度はパズルゲームを作った。
学生と制作物に関する相談をしているときに思いついたものだが、
私が提案したアイデアに学生が乗ってこなかったため
自分で作ることにしたのだ。


この作品の累計ダウンロード数は23万ほどだが、
ゲーム業界の団体が主催する作品コンテストで優勝した。


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授賞式にはドラゴンクエスト関係で堀井雄二も来場しており、
中学の頃に読んだドラクエ開発の本を思い出して感激した。


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また、このコンテスト受賞をきっかけに
雑誌社から連載記事の依頼をもらうことができた。
個人の趣味でしかなかったゲーム作りとブログ執筆が
それぞれ具体的な金銭を生み出した形になった。



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2005年にはゲームではなくグラフィックツールを公開した。
ゲームとは違う知識や配慮が必要な部分が多かったが、
その分、経験値を上げることができた。


すでにインターネットが普及していたこともあって
ゲームファンではなく絵を描く趣味を持つ人に人気が出て
累計で46万ダウンロードほどになった。


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これもWeb上のソフトウェアコンテストで受賞したり
朝日新聞の土曜版やNHKの趣味番組で紹介されたりしたが、
10年ほども経ってからアニメ番組のエンディングに採用されて驚いた。



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ちょうどこの頃、受け持っていた授業の内容を
2Dプログラミングから3Dプログラミングへと移行したため、
その練習として2005年に3Dシューティングゲームを作った。


累計ダウンロード数は40万ほどだが、
2年前に作った2Dシューティングと同様、
あまり言語を問わないゲーム性だったため、
海外のゲームファンたちにもずいぶんと遊んでもらった。



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中でも勝手にプログラミングを解析し、
ハングルに完全対応させた海賊版が登場したのには驚いた。
(海賊版なのにわざわざ公開許可を依頼する丁寧な連絡があった)


ゲーム業界の開発現場からは離れてしまったが、
ゲームを作る大人になるという夢は叶ったのではないかと思っている。


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