ゲーム画面に表示される情報表示、
たとえば主人公の体力や武器の残弾数のようなもの、
また操作の指示などを「ユーザーインターフェース(UI)」と呼ぶ。
いかにわかりやすいUIにするかがポイントだが、
この「直感的に理解しやすい表現」というのは
実は利用者側の感覚によって大きく左右される。
たとえばある建物の3階に行きたいとき
エレベーターの脇にあるボタンの「上」を押すだろう。
これは1階にいる自分が
今より「上」の場所に行きたいからだ。
しかしこのボタンをエレベーターの箱部分(かご)を
操作するコントローラーと考えた場合、
上の方にいるエレベーターを1階まで下ろすには
下のボタンを押す方が正しいことになる。
エレベーター脇のボタンが
「行きたい方向を示すボタン」なのか
「エレベーターの箱を操作するボタン」なのか
どちらにとらえるかによって変わってくるのだ。
しかし、立っているフロアが異なる複数の利用者が
同じエレベーターを操作すると指示が衝突する問題や、
エレベーターの現在位置を確認しないと
上下どちらのボタンを押すべきか判断できない不便があるので、
利用者がいるフロアに対する
目的階の方向を押すという仕様になっている。
もうひとつ別の例を挙げてみる。
縦に長いWebサイトの「下」の方を見るときには
マウスのホイールを「下」に回してスクロールする。
しかし、見ている内容がスライドしていく方向、
または長い用紙を巻き取るイメージで考えると
ホイールを回す方向が逆に思えるだろう。
実際、スマートフォンでは画面の下を見るときに
指を「上」にフリックするはずだ。
こんなにも一貫性がないのに普段は違和感を感じない。
結局は利用者の慣れや、世の中への定着具合なのだ。
最近のスマホゲームでは歯車のアイコンを見ると
ほとんどの人が「設定関係のボタン」だと理解するが、
これも複数のアプリに共通する仕様のおかげで
徐々に浸透して認識できるようになっただけで、
ひと昔前なら意味がわからなかっただろう。
スマホ画面に映ったものを動かすとき
指でドラッグする操作を「直感的」と感じているかもしれないが、
予備知識のない子供に触らせてみると
物体の手前に指を入れて動かそうとした、という実験結果もある。
確かに現実に物を指1本で動かすなら
真上から押さえ込むより手前から突く方が自然だ。
「直感的」というのはいろいろな場面で共通化しているために
その都度の違和感を感じなくなっているだけで、
必ずしも理屈と操作が一致しているわけではない。
カメラを操作するスティックの向きと同様に、
どういう考え方が自然に感じるのか
植え付けられた感覚に左右されているだけなのだ。
UIを考えるときは多くの人が発想する感覚を
作り手が正しく推測しなければならない。
そのためにはたくさんのゲームやアプリに触れ、
今の世の中に浸透した「常識」を身につける必要がある。