プチメタ3.0

刺激を受けた物事に対する感想や考察、資産運用や英語学習、自己成長に関することなど。


サイト運営者には読者の批判から身を回る権利がある



炎上したブログや批判される内容を書いたサイトなどで
掲示板やコメント欄が用意されていないと、
「逃げ」だの「反論防止のためだ」というような、
その行為が不誠実であるかのようなことを言う人がいるけど
身を守る手段のひとつとしてごく当然だと思う。

大統領とかが防弾性の車に乗ってたからといって
「怖いのか」「自分の意見に自信がないからだろう」とは
ならないはずで、遭遇するかもしれない危険を
ひとつひとつ回避する手間を考えると
素直に防弾の車に乗った方が楽に業務に集中できる。

実際にサイトで記事を書いてみるとわかるが、
コメント欄があるからといって
筆者と読者が円卓を囲んでいるような、
全員が平等な立場である状態にはならない。

イメージとしては大勢の人混みの中、
どこにテロリストが潜んでいるかわからない場所を
自分の意見を叫びながら丸腰で歩くような感じで
誰も文句を言わないような無難なことを言うなら問題ないが
波風を立てるようなことを言い出した途端、
一気に集団リンチになる可能性がある。
(ただし筆者が犯罪行為などを嬉々として語っている場合は
 この集団リンチは正義とも言える。
 このへんは「テロ」と「革命」の違いみたいなもの)

サイトで記事を書くというのは筆者のみが話題を提供し、
読む側はそれに対する賛成か反対の主張をするだけだ。
その場合、賛成であれ反対であれ、
自分と同じ意見の方に同調するのがすごく楽なのだ。

「あなたの言う理屈はここがおかしい!」
「そうだそうだ!」←この人

ネット上ではこの「同調者」がたくさんいるのだと思う。
同調者は普段は息を潜めておき、
自分と同じ意見を持った人が発言した後で
「そうだそうだ!」と同調すれば
確実に味方がいる安全な状態を常に保てる。

もし自分と同じ意見が出ない様子なら
そのまま黙っておくか、自分と逆の意見の方に
同調し直すこともできる。
(下手に意見して自分が叩かれる危険を未然に防げる)
つまり、絶対に不利にならない。

そして、前述したような「コメント欄がなくて文句を言う人」は
この同調者タイプの人が多いのではないかと思う。
自分の味方がいなくても意見が言える人は
筆者本人にメールでも電話でも意見を伝えようとするが、
同調者は他人がどういう意見なのか見えないと成り立たないため、
コメント欄・掲示板がないと不満を言う、と推理する。

仮にコメント欄があろうとも、
サイト運営者と読者との言い争いはもともと不公平で、
読者側は周囲から叩かれるような理論を展開して論破されようと
素知らぬ顔でその後も読者を続けることができるが、
一度貼られたレッテルがなかなか剥がれない運営者側は
分が悪い。サイトの規模が大きいほど逃げられない。

それに、100の賛成意見があろうとも
1の反対意見が筆者を簡単に疲弊させる。

一番公平なのはサイトを持っている同士が
お互い自分のサイト上で意見を発言し合うことだと思う。
1対1なら話し合いに近い状態が保てる。

私のサイトも5年近く前に掲示板を撤去したが、
掲示板やコメント欄というのは本当に気を遣う。
炎上しているサイトを見るたび、ゲッソリした管理人の姿が浮かぶ。

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